方丈記に、似た運命

― 懐かしい古典が、今、蘇る ―

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また、同じころかとよ、おびただしく大地震ふることはべりき。

【原文】
また、同じころかとよ、おびただしく大地震ふることはべりき。そのさま、世の常ならず。山はくづれて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌割れて谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ船は波に漂ひ、道行く馬は足の立ちどを惑はす。都のほとりには、在々所々、堂舎塔廟、一つとして全からず。あるいはくづれ、あるいは倒れぬ。塵灰たちのぼりて、盛りなる煙のごとし。地の動き、家の破るる音、雷に異ならず。家の内にをれば、たちまちにひしげなむとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや、雲にも乗らむ。恐れのなかに恐るべかりけるは、ただ地震なりけりとこそ覚えはべりしか。

【訳】
また、同じ頃であったか、大地震があった。その様はこの世のものとは思えなかった。山は崩れて川を埋め、海が傾いて陸は浸水した。大地が裂けて水が噴き出し、岩が割れて谷底へと転げ落ちた。海を渡る小舟は波に漂い、道行く馬も足の持って行き場がなかった。都のあたりでは、至るところでお寺などは一つとして無事なものはない。あるものは崩れ、またあるものは倒れている。塵や灰が立ち上り、その様は勢いよく煙が立ち上る様である。大地が揺れて家が破壊されていく音は、雷の音と大差がない。家の中にいれば、たちまち下敷きになってしまいそうになる。かといって外に走り出したとしても、外は地面が割れて避けた状態である。羽がないので空を飛ぶわけにもいかない。もし、これが龍であれば、空の雲にでも乗れるだろうが。恐ろしいことの中でも、最も恐ろしいことはとにかく地震だと思い知らされた。

【わがまま解釈】
前回までは、養和の飢饉のお話でだった。
今回からは、元暦の地震のお話となる。
で、今まで、安元の大火、治承の竜巻、福原遷都、養和の飢饉と五大災厄を書いてきたけど、今回の延暦の地震が五大災厄の最後のお話。

冒頭に、「また、同じ頃であったか」とある。
これは、前回までのお話「養和の飢饉」と同じ頃ということとなる。
ただ、実際には、養和の飢饉の三年後らしい。

この地震だけど、かなり大規模だった。
山が崩れて川を埋めた。
海が傾いて陸は浸水した。
大地が裂けて水が噴き出した。
岩が割れて谷底へと転げ落ちた。

これだけ読めば、地球滅亡かと間違うぐらいの文章の勢い。
五大災厄の中で、一番、やばい感じがする。

至る所で、土砂崩れが起きたのだろう。
そして、その土砂が川を埋めたのだろう。
大地が裂けて水が噴き出したということは、液状化現象が起きたということかもしれない。
以前、京都は、鴨川の水が地下水となって、そのおかげで発展したと聞いたことがある。
地震によって地下水が噴き出すこともあるのではないか。

また、大きな岩が谷底に落ちたとある。
山が崩れるぐらいだから、これは十分にありえるだろう。

最後に、順番がずれるけど「海が傾いて陸は浸水した」という部分。
この海だけど、これは、琵琶湖を指すらしい。
どうやら、琵琶湖で津波が発生して、周辺を水浸しにしたらしい。
ていうか、琵琶湖でも津波が発生するんだねー。
ちょっと勉強になったよ。

それで、平安京周辺は、今回の地震で完全に壊滅的被害に遭った。
無事な建物はなく、ほとんどの建物が壊れるか、倒れるかしている。
地震によって家が壊れる音は、雷の音と大差がないとある。
そして、家の中にいれば下敷きになる危険があるけど、家の外も地面が割れているので危ないとある。

ちなみに、当時の人々は、地震が起きたらどこに逃げたんだろうか。
ちゃんと、安全な避難場所があったんだろうか。
どこかに書いてあったけど、家を捨てて、国を捨てて、山で生活することになるんだろうか。

この元暦の地震だけど、方丈記以外にも多くの書物に記述がある。
有名どころでは平家物語。
それで、方丈記と平家物語を見比べながら読んでみる。

(方丈記)
山はくづれて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌割れて谷にまろび入る。

(平家物語)
山は崩れて河を埋み、海かたぶきて浜をひたし、巌われて谷にころび入り、洪水漲り来れば

(方丈記)
塵灰たちのぼりて、盛りなる煙のごとし。地の動き、家の破るる音、雷に異ならず。

(平家物語)
崩るる声は雷のごとく、上る塵はけぶりのごとく、

(方丈記)
羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや、雲にも乗らむ。

(平家物語)
鳥にあらざればそらをも翔りがたし、龍にあらざれば雲にも入がたし、

なんかさー、似てない?
それとも、気のせい?
一部の専門家からは、「平家物語って、方丈記をたまーにマネしてるよね」って指摘されているんだとか。
と言っても、パクリというレベルでもないんだけど。
まー、それぐらい、方丈記の影響ってすごいってことね、多分。

ただ、平家物語には、方丈記にはない話が書かれてある。

【原文】
十善帝王都を出でさせ給ひて、御身を海底に沈め、大臣公卿囚はれて、旧里に帰り、或いは頭を刎ねて大路を渡さる。
或いは妻子に別れて遠流せさる。
平家の怨霊にて、世の失すべき由申しければ、心ある人の嘆き悲しまぬはなかりけり。

【訳】
安徳天皇が都をお出になられ、身を海底に沈められ、大臣や公卿は捕まって都に戻され、市中引き回しの上打ち首となった。
また、妻子と別れて、流罪となった。
平家の怨霊によってこの世が滅亡すると噂されて、心ある者は、全て嘆き悲しんだという。

元暦の地震は、平家一門が滅亡してから間もなくして起きている。
安徳天皇は、平清盛の孫であり、平清盛の娘・建礼門院徳子の子であり、平家一門の切り札だった。
ところが、平家一門は、一の谷の戦い、屋島の戦いで敗れ、最終的に、壇ノ浦の戦いで滅亡した。
それで、安徳天皇、わずか六歳で入水自殺をして亡くなる。

平家一門でも、多くの者たちが、安徳天皇と共に海に沈んだが、源氏に捕まった者もいた。
清盛の三男の平宗盛(平家の総大将)は、近江国(今の滋賀県)で斬首されている。
清盛の五男の平重衡は、木津川畔で斬首され、そのままさらし首となっている。
流罪となった者については不明だけど。

と、まー、こういう時代背景があったのね。
だから、平安京の人々は「これって、平家の怨霊のせいじゃね?」って噂したらしい。
それで、心ある者は、この状況を大いに嘆き悲しんだとある。

まー、世の中が乱れると、だいたいこんなもの。
愚管抄によると、次のような一文がある。

「平相国、龍になりて、振りたると、世には申しき」

平相国とは、平清盛のこと。
つまり、「亡くなった平清盛が、龍になって大地を揺らした」と、みんなが噂したらしい。
前回、日本三大怨霊の話を書いたけど、平安時代って本当にこの手の話が多い。
陰陽師が活躍したというのも、なんか分かる気がするよ。。。

今回はこの辺で。

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