方丈記に、似た運命

― 懐かしい古典が、今、蘇る ―


義父の話

義父の話

この前の土曜日、妻の実家に行ってきました。
その日、義母はいました。
義父は出勤日でした。
で、夕方には帰ってきました。

義父はゴルフ場勤務。
グリーン管理がお仕事。
「どんなことをしてるんですか?」って聞いたら、「グリーン刈りをしてる」って言ってた。
グリーン刈りと言っても、グリーンに対して「おい、こら、金出せ」って言うんじゃないよ。
そっちじゃないよ。
グリーンの芝生を刈ることだから。
こっちだから。
それから、カップ切りをしたり、芝に緑のスプレーをしたりとか。
あと、ゴルフ場って動物のフン害が多くて、フンの除去もしているって。
まーそんなことをしているらしい。
僕は知りませんでした。
グリーンの芝、あれってスプレーをまいて緑にしているそうです。
じゃないと、一年中グリーンが緑っておかしいだろって。
あと、スプレーすることで芝の保護もしているんだとか。
はー、なるほどと思った。

それで、このグリーン管理の仕事、朝が早いらしい。
というのも、お客さんがゴルフをする前には、きちんと整備を完了させないといけない。
しかも、ゴルフ場ってたいてい山の方にある。
で、日が昇る前に家を出ることもある。
その代わり、夕方は早めに帰ってくる。
こんな感じだから、生活リズムが世間とは微妙にズレるらしい。
超朝型生活。
だけど、ズレるのは勤務時間だけじゃなかった。
休日もそうなんだとか。
少し考えればすぐに分かるんだけど、ゴルフ場勤務だとみんながお休みの日は出勤日となるらしい。
というのも、ゴルフ場にとって土日祝日は稼ぎ時なんだとか。
特に、年末年始、ゴールデンウィーク、お盆なんかは一番の稼ぎ時なわけで。
ここで稼がずにいつ稼ぐの?みたいな。
今でしょ!みたいな。

で、義父は、今のゴルフ場に勤めて約20年。
超朝型生活で平日が休日というスタイルをずーっと続けている。
こういう生活スタイルで、ずーっと家族を支えてきた。
なんか頭が下がる思いがした。

それで、義父、帰宅早々なんかソワソワしている。
明らかに何かを探している。
全部のポケットを調べている。
でも、見つからないご様子。
その様子を見て、義母が「どしたん?」と。
義父、「携帯がないんや」と。
まー、携帯が行方不明になることなんてままある話。
で、義母がしょうがないわねーって感じで義父の携帯に電話をする。

全く音がしない。

「もー、どこでなくしたん?車の中は?」と義母。
義父、「ちょっと見てくるわー」と言うと、外に出て行った。
でも、車の中もなかった。
「どこでなくしたんかなー」と首をかしげる義父。

すると、騒動を聞いていた僕の妻が、
「お父さん、会社の机にでも忘れたんじゃない?」って。
そしたら、家族全員が火が付いたみたいに
「机の中入れっぱじゃない?」
「机の引き出しとか確認した?」
「もーボケたんちゃう?」
って。

そしたら、義父が「あっ」って言うもんだから、
みんな「えっ?何?思い出した?」と期待して待っていたのね。

そしたら、
「いや、お父さん、会社に机ないよ」って。

みんな耳を疑いました。

義父、62歳。
勤続、約20年。
で、机なし。

こんなことやある?
しかも、もうすぐ定年ですよ。
吉本新喜劇の内場勝則が「いぃぃぃーーーっ」っていうね、
家族全員、あの心境ですよ。
しかも、これに対するみんなのコメントもどこかしんみりしていて、
妻の上の弟、「お父さん、可哀想や・・・」
妻の下の弟、「えっ、そうなん?・・・」
義母、「パートの私ですら、机あるで・・・」

今では亡くなったけど、昔、河合隼雄という偉い先生がいた。
臨床心理士の先生。
日本に箱庭療法を紹介したことでも知られる先生。
その河合隼雄が「真実は劇薬、ウソは常備薬」と言っていた。
真実というのは、時として劇薬になる。
そういう場合は、害にならない程度にウソをついてその場をやりすごすことも必要ではないかと。
つまり、真実とウソを上手に織り交ぜながら生活をする、これが大事ではないかと。
これができないと、人生上手に生きていけませんからと。

この場合、義父だって、適当に「そうやなー」と言って話を切り上げることはできたと思うんです。
あるいは、「明日、会社探してみるわ」とか。
なのに、義父、「お父さん、会社に机ないよ」って。
みんなそろってご一緒に「いぃぃぃーーーっ」って言いたくもなります。
しかも、僕なんか、義理の息子という立場上、驚きを抑えているわけで。
ていうか、僕だったら、職場に自分の机がないなんて言えないかな。
恥ずかしくて。
だって、ちょっとした事件ですよ。
でもね、考えようによっては、
「お父さん、実は、隠し子がおるんや」
「お父さん、実は、借金があるんや」
というのに比べたら、正直、大したことはないですよ。
これは、もう完全な事件だから。
でもね、
「お父さん、実は、カツラなんや」
「お父さん、実は、男が好きなんや」
と言われたら、ビックリはすると思う。
でも、まだ事件性は低いかなと。
まーそんな感じ。

それで、話を聞いてみたら、入社して以来、ずーーーっと机はなかったらしい。
僕の妻が、「他の人はどうなん?」って聞いたら、「他の人はある人もおる」って。
ある人もいる、ない人もいるみたいな感じらしけど、義父はない人の方だった。
義父の扱いザツすぎ。。。

机がないっていうことは、どういうこと?
それは、自分の席がないってこと。
書類はどこで書くの?
パソコンは?
休憩する時はどうするの?
机がないというのは、まーまーの大問題だから。

それで、僕の妻が「お父さん、休憩はどこでしよるん?」って聞いたら、「木陰でしよるんや」って。
「雨の日は?」って聞いたら、「雨の日はな、倉庫なんや」って。
よーく話を聞いてみたら、一応、休憩所はあるらしいのね。
でも、義父は一人の方が楽だから、仕事する時も休憩する時も基本的に一人の時が多いんだとか。
だけど、会社の飲み会は毎回参加。
えっ、なんで?って思ったけど。

今度は、妻の上の弟が「パソコン作業したりせんの?」って聞く。
すると、義父は、「パソコンなんかさわったこともない」と。
で、また、みんな軽くビックリする。
さらにそれに追い討ちをかけるように、義母が、
「パートの私ですらパソコン使うで。エクセルとかワードとか」って。
「そうなんやー。お母さんもパソコン使えるんやな。なんかお父さんだけ遅れてるなー」と義父。
なんか義父が可哀そうに思えてきた。
本人は真面目に働いているんだけど、周囲からの扱いがザツで、時代にも取り残されているような感じがして。
決して、義父は悪くない。
家族のために頑張ってきた。
ちょっとした理不尽とか不条理みたいなものを感じる。

それで、話を戻して義父の携帯電話。
最終的には見つかりました。
義父のベッドの中にありました。
まさかのベッドの中。
まさかの会社に持って行くのを忘れただけでした。
本人は、「ちゃんと持っていったはずなのに、なんでや?なんでや?不思議やー」って言ってたけど。
ただ、義母曰はく「あー、前にもそんなんあったわ。ほっとき」って。

最後に後日談。
義母経由の妻の話。
数日後、義父がパソコン教室に通ったらしいんです。
町主催の無料のパソコン教室。
義父、予約をしてカレンダーにパソコン教室と書き込んで、日付に花丸までしていた。
何日も前から相当楽しみにしていた。
で、当日も緊張しながらもウキウキして家を出た。
ところが、帰宅時は激おこ。
慌てて義母が心配そうに「どしたん?」って聞く。
そしたら、むすっとして「ダブルクリックができなかった」と。
しかも、参加者の中で自分だけできなかったと。

それを聞いて、義母がね、
そんなん気にせんでいいって。
今までパソコン触ったことがない人がいきなりダブルクリックなんかできんて。
それよりお風呂わいとるから、先入ってきたらって。
さすが義母、とても優しい。
それとなく義父の機嫌を軌道修正するところなんかうまいなって思うよね。
で、義父はお風呂に入る。
その後、そーっと義母が義父の部屋に入ってみた。
そしたら、パソコン教室で使用したプリントはビリビリに破られてゴミ箱、
部屋のカレンダーの花丸は真っ黒に塗りつぶされ、
もーね、義父の怒り具合が一目瞭然なわけ。
で、義母、おもむろに電話を手にする。

プルルルル・・・・ガチャ

あんた、今、いけるん?
いけるよー

電話の相手は娘(僕の妻)
挨拶もそこそこすぐに本題。

なー、ダブルクリックできんことやある?
そやろー、ないやろ?
お前いつまで昭和なんていーたーなるわ
もう今令和やで。
しかも、カレンダーの日付まで真っ黒で塗りつぶしてしもうて・・・
もーほんとっお父さんと一緒に暮らすの嫌になったわ
離婚したくなったわー
あんたのとこ行ってもいい?

義母、全然、優しくなかった。
ちなみに、妻の実家では、義父がパソコン教室に通った事実はないことになっています。

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