方丈記に、似た運命

― 懐かしい古典が、今、蘇る ―

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もし、夜、静かなれば、窓の月に故人をしのび、猿の声に袖をうるほす。

【原文】
もし、夜、静かなれば、窓の月に故人をしのび、猿の声に袖をうるほす。草むらの蛍は、遠く槙の篝り火にまがひ、暁の雨は、おのづから木の葉吹く嵐に似たり。山鳥のほろほろとなくを聞きても、父か母かと疑ひ、峰の鹿の近くなれたるにつけても、世に遠ざかるほどを知る。或はまた、埋み火をかきおこして、老の寝覚の友とす。おそろしき山ならねば、ふくろうの声をあはれむにつけても、山中の景気、折につけて、つくる事なし。いはむや、深い思ひ、深く知らむ人のためには、これにしも限るべからず。

【訳】
もし、静かな夜であれば、窓から月を眺めて亡くなった人を懐かしく思い出したりもする。また、猿の鳴き声を聞いて涙を流すこともある。草むらの蛍を眺めて、遠くの槙島の篝火かと見間違えることもある。夜明けの雨は、何となく木の葉を揺らす強い風のように思われる。山鳥の鳴き声を聞いて、「あれは父の声か、あるいは母の声か」と疑い、山の鹿が自然と寄ってくる様子に、自分の田舎暮らしを思い知らされた。

寒い冬であれば、炭火で老いた体を温めて、炭火と共に一時過ごす。今住んでいるところは、そんなに恐ろしい山ではないので、フクロウの声がしみじみと感じられる。この山の景色は、いつも私を楽しませてくれる。こんな自分ですら景色を楽しめるのだから、ましてや感性の豊かな人であれば、限りなくこの景色を楽しむことができるだろう。

【わがまま解釈】
前回までは、各地を散策するという話だった。
で、今回は、方丈の庵での日々の様子について書いている。
前回とは、だいぶトーンが違うというか、落ち着いた感じがする。

長明さん、静かな夜に窓から月を眺める。
で、故人を偲ぶとある。
月を見ながら、誰を思い出したのだろうか?
分かれた妻子や、父のこと、あるいは和歌所時代の同僚とか、和歌の師匠だった俊恵法師、音楽の師匠だった中原有安、他にも後鳥羽上皇とか源実朝、幼い頃にお世話をしてくれた人とか、思い出したらたくさん出てくるんじゃないだろうか。

そして、
あの人は、今頃何をしているだろうか?
あの世でも会えるだろうか?
とか思っていたのかもしれない。

当時、長明さんは60歳前後。
そして、平安時代の寿命は、40歳ぐらいだと言われている。
まー、諸説あって、30歳ぐらいというのも見つけたけど。
紫式部の源氏物語では、「四十賀」というのがあって、現代で言う「還暦のお祝い」なんだとか。
ということは、40歳で前期高齢者ぐらいだろうか。
そして、50歳を超えると完全な後期高齢者か。

長生きすることは、多くの人と死に別れることだと言う。
長明さんも、多くの人と死に別れたことだろう。
今、自分も死期を感じながら、月を眺めていたのだろう。

そして、猿の鳴き声に涙を流すとある。
ん?
猿の声で涙を流すのか?
これ、よく分からなかったので、ネットでだけど調べた見た。
どうも、もともとは漢詩にあるらしい。
秋の物悲しい感じを表しているんだとか。

次に、草むらの蛍を見て、遠く槙島あたりの篝火かと見間違えることもあったとある。
実際に見間違えることはないと思うけど。
ただ、この幻想的な感じがいいなと思う。

余談だけど、今、僕が住んでいる地域は、初夏はホタルが舞うのね。
どちらかというと乱舞に近いぐらい。
種類で言うとゲンジボタル。
ホタルの中でも大きいやつね。
それが、一匹、二匹とかじゃなくて、無数のホタルが川沿いの木の周辺を飛んでいるのね。
だから、見間違えるのは大げさとしても、分からないこともない。
文章の勢いというか、ここでの表現としては、これでいいんだろう。

次に、夜明けの雨は、何となく木の葉を揺らす強い風のように思われるとある。
なぜ、夜明けの雨なのかが気になったけど、理由は分からなかった。
ここでは、「暁の雨」。
方丈記の最後は、「静かなる暁」。
何か関係性があるのか。。。

そして、山鳥の鳴き声を聞いて、「あれは父の声か、あるいは母の声か」と思うとある。
これなどは、山鳥の鳴き声に父の声や母の声の幻影を抱いたのだろうか。
方丈記では、身内が登場することもないし、身内の存在を匂わせる部分もない。
それだけに、この部分は、父や母への追憶を感じる。
特に、長明さんは、父の跡を継ぐことが人生の全てだったわけで、父への思い入れは相当強かったと思う。

そして、さらに、方丈の庵には、鹿が出没していたらしい。
で、自分の田舎暮らしを思い知らされたとある。
まー、田舎暮らしと言っても、そこまで田舎でもないと思うけど。

余談だけど、さっきも書いたけど、僕が今住んでいる地域は、ホタルが飛ぶ。
そして、鹿、猪、タヌキなども普通に見かける。
猿は見かけたことはないけど。
僕が住んでいるところも、日野と大差がないように思う。
ていうか、むしろ、僕自身の田舎暮らしを思い知らされたか。。。

今回の部分だけど、方丈の庵での生活の光と影の交錯を感じる。
前回までは、自然に囲まれたここでの生活はいいねって書いていた。
しかも、小さいお友達もできて、近くを散策もして楽しんでいるとあった。
長明さんの出家生活に対して、比較的、明るい印象を受けていた。

その一方で、一人で月を眺めていたら、やはり淋しいなと思う気持ちがあったのかもしれない。
同じ自然を見ても美しさを感じる時があれば、憂愁を感じる時もあったり。
都会から離れて良かったと思う一方で、ちょっと田舎過ぎるかなと思ったりとか。

方丈の庵は狭い。
でも、そこには、そういった色々な思いが詰まっているように思う。
30歳過ぎに追い出された「父方の祖母の家」も思い出がいっぱい詰まっていたとあったけど、それは、方丈の庵でも同じではなかっただろうか。
家が大きい小さいとか、お金持ち貧乏と言うのは、思い出には関係ないのかもしれない。

今回の文章だけど、実は、別の作品で似たような表現があることが指摘されている。
それで、長明さんは、それらをアレンジしたのではないかと言われている。
一応、例を挙げると、次のようになる。
単なる羅列で申し訳ないけど。。。

おのづから音するものは庭の面に木の葉吹きまく谷の夕風(藤原清輔)
山鳥のほろほろとなく声聞けば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ(行基)
山深み馴るる鹿のけぢかさに世に遠ざかる程ぞ知らるる(西行)
寝覚してかきおこしつつ埋み火ぞ冬の夜深き友にはありける(不明)

僕は、このことを知らなかった。
でも、色んな所から切り貼りして作った割には、上手だなーって思った。
全然、パクっている感がないし。
古典に詳しい人が読めば、「あー、これは、あの和歌から取ったな」って思うのかもしれないけど。。。

で、最後、寒い夜は炭火で体を温めるとある。
京都の冬は寒いと聞く。
60歳を超えた長明さんには、冬は相当こたえたように思う。

そして、フクロウの鳴き声がまたいいらしい。
とにかく景色というか、ここは環境に恵まれていると。

今回、猿とか鹿とか山鳥とかフクロウとか色々な動物が出てきた。
このあたりも、長明さん、作品の中に上手に組み込んでいるなと思う。
相当、試行錯誤を重ねたのではないだろうか。

今回はこの辺で。

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